2012年9月10日月曜日

明日は再びの祈念日

あの日のことを忘れることは一生無いでしょう。
もう何度かこのブログでも書いたので、詳細を再び書くことはしませんが、あの日はテロ以外にもアメリカのもう一つの面を見せつけられた日でした。あの日と言うよりもあの日以降と言ったほうが正確でしょうか。
それは、アメリカ人、特に保守的なアメリカ人が普段は表に出さないゼノフォビアを露骨に出す機会を見ることが多くなったということです。最も顕著なのは宗教と人種に関するものでしょう。幸いにして自分の周りではそういう事は全く無いんですけど、アメリカ国内のニュースはあからさまにその手の差別が増えたことを示唆し続けています。
個人的には宗教とか完全に苦手で、キラキラした眼で宗教を語る人の隣には(その人物の信ずる神様とやらの持つ矛盾点を理屈と歴史の両面から責め立てて突き崩すことを愉しむ時以外は)10分以上立っていられない私ですが、その人が他人に物理的に迷惑をかける存在でない限り、その信仰対象が「鰯の頭」だろうが、「山羊の角」だろうが、「消しゴムの消しカス」だろうがちっとも構わんのです。どうぞ何なりと御信仰下さいという所でしょうか。ただ、こっちに向かってきて「これ信じないあなたは不幸な人です」とか「これを信じれば救われます」とかいう連中には強い不快感を覚えます。あっち行け!って感じでしょうか。消火器も壺も勾玉も手かざしも要りません。俺に多額の研究費寄付してくれるって言うんなら心を空にして入信する振りをしても良いし、その人たちの神様の為に一時間ほど演説をしてさし上げても良いのですが。(笑)
人種とか肌の色はこれまた私にとっては全く差別の対象じゃなくて、オレンジだろうが緑だろうが透明だろうが知ったことかね?というもんです。メラニン色素の発現を規定するプロモーターのアクティビティーが何か人としてのキャラの違いを規定するというような最新の研究成果でも出てきたんでしょうかね。w
ちょっと脱線しましたが、何はともあれ、特に保守派の間ではキリスト教原理主義者を中心としたホワイト・アメリカを無邪気に信ずる人達の間でゼノフォビアが「再び」滲み出していることは間違いなさそうです。他人との差異を許容できない人達っていうのは結局、自分の住む場所を狭くして住み難くしているだけなんですが、それに気付くほどの知性は持ちあわせていらっしゃらないようで。誠にもって、オメデタイことです。(笑)
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