2009年11月30日月曜日

試薬の購入

ここアメリカで試薬や機器の購入で助かることは「安さ」ではないかと思う。
「速さ」、要するにお早いお届けという意味では、日本に在庫を切らさぬように多くのものを置いている海外ベースの会社の場合は日本の会社と変わらないという気がするのですが、そうであっても時には海外に発注をかけなければならないことが多かったので、そういう意味ではやはり少し遅めのものもあるかなとは思います。
一番違うのは値段ですよね。

昔日本のラボに居たとき、もう15年以上前ですが、インターネットというものが研究室で充分普通に使われだしたころのことです。海外の試薬の値段なんかもリアルタイムで解るようになって来た頃その値段の付け方の出鱈目振りには眼を剥いたことがあります。今でも変わってないと思いますが、少なくともプラザ合意前の円安交換レートで、下手するとドルショック以前の値付けだったりしました。(笑)
一昨年もラボの共同研究者が有る抗体を送ってくださったことがあったのですがその値段が一本5万から6万というのだということを知って腰が抜けました。(こちらではその抗体の値段は一本180ドルでした。)二倍、三倍の金を払わないと同じモノが買えないというのであれば、一体日本人って言うのは何のために豊かになったんでしょうか。
そのとき思いました。ボッタクリバーよりひどいことを澄ました顔でして居る、中間搾取代理店に死を、と。そのとき代理店の若い兄さんに其の為替差益のことをガンガン言ったら、「楽してるのは社長だけで僕たちは金無くて結婚も出来ません」と、ほんとにショボーーーーんとした顔で言われてそれ以上は文句を言い切れませんでした。
文部科学省って(当時は文部省でしたが)ほんましょうも無い税金無駄遣いの役所やなと心のそこから思いました。高額機器にしても年度末になると教授がやってきて「xx君、何か買うものは無いか?」と得意顔で言ってました。いつも嫌味たっぷりに「使いもしない機械に金を使わんで、人に使ったらどうですか?」と言っていました。この大学では毎年、戦略的云々とかいうお金のおかげで試薬機器類に対する投資は潤沢で、人には一切お金を使えずという馬鹿文部省の典型的箱物行政で大量のマシンと試薬が有りました。車が良ければ早く走ると思っている馬鹿役人。ガソリンがなければ車は前には動かんのです。況や競争する為には高品質のガソリンが勝負の決め手になるなどということは罷り間違っても高級(能力に比べて高給?w)な文官には御理解願えるとは想像だに出来ませんが。
人の能力と個人的犠牲で前に進もうとする発想は三菱ゼロ戦の設計思想何も変わらず。進歩ゼロです。

2009年11月27日金曜日

珍しい骨董品

家の娘達はちょっと変わってるような気がします。
まあ、このブログを読めば解るように親父がこれだけ十分に変わっているので無理からぬことなのですが。中でも変わっているなと思うのは、15歳と10歳の娘がアンティーク物が好きだということです。私も嫌いではないのですが、上の娘は特に凝っていて、目覚まし時計も1ドルで買ってきたような1970年代くらいのNATIONALブランドのものだったり、今はもう無きポラロイドのカメラを何種類も集めては悦に入っていたり、古いタイプライターが欲しいとかもう訳が解りません。(笑)

というわけで最近せがまれていたアンティーク屋が実は近所にも比較的大きなものがあると聞いていたので、嫁さんの情報を頼りに先ずは行ってみました。確かに、「大ここにこんな大きな店が」という感じのアンティークショップがありました。事前情報として聞いていたのですが、何でも嫁さんの友達の霊感の強い人によると強い霊気を感じるんだとか。(爆笑)

確かに全てのエリアを廻ったのですが、鈍感力においては人に負けない私にはそんなものを感じることが出来ませんでした。アメリカ人にはヘンテコリンな日本人を目の前にしてデル気をなくしたのかもと少し勘ぐってしまいました。そこに行った時に、期待していなかったのですが面白いものを見つけました。今では立派なCPUとwalkytalkyの会社になっているモトローラ製のラジオがぽつんと置いてあったのです。完動品ではなかったのですが、値段が15ドルと安かったので、歴史の証拠として一つ買いました。


結構モダンなデザインです。

50年ほど前のものだと思います。ネットでよく調べたんですが、ebayでmotorolla 5ASとか言う名前がついていることまでしか判りませんでした。

2009年11月25日水曜日

サンクスギビングデー・明日から休日とか

明日から感謝祭という事で既に今日の午後からは学校も公式に休み。この週末までお休みということだそうです。
何でもインディアンから助けてもらったことを感謝するのが始まりだとか言うのですが、まあ、アメリカがその後インディアンたちにやってきた数々の極悪非道の数々を考えると何だか言い訳にしか聞こえないんですが、これをアメリカ人の前ではなかなか言えません。(大学生もしくは教授同志間のみ洒落でいろいろ皮肉りますが、その手の人たちは歴史の裏話も結構良く解っている人たちで歴史の書かれ方に対する理解が既に出来上がっている人達なので何を話そうと互いに皮肉でやり返すことが多いです。勿論、日本の事もいろいろといわれるんですが、この手の話は本人達の本音を引き出す結構繊細なpHメーター的な要素が大きいです。一部の中国人にはこの手の話は間違っても出来ません。)
自国の歴史の激しさや暗さが実はしっかり解っている人は正や負の反応が過激に出る人も居ますので。ハッキリ言ってどの国の歴史も、テレビドラマに出来るような幸せ一杯のものは極表面的な後の作り話で、内情は眼を背けたくなるようなものばかりだというのが個人的な信念です。ただ、それをもってして自虐的な史観を持つかというとアホでもない限り全くそんなことは必要無いわけで、どの国出身だろうと自分の出自には誇りを持てばいいって私は思ってます。

ちょっと話し逸れちゃいました。


それにしてもかわいそうな七面鳥たち。
私としては全く美味しいと感じないんで、喰いもしませんが。
そういうわけで死んだら地獄で七面鳥が助けてくれるかも(笑)

2009年11月24日火曜日

事業仕訳

今日本でやっている流行の事業仕訳とその中継。
何だか人民裁判ってこんな感じかねと思ったのが正直なところ。
もう一つの感想は、昔ちょっとしたベストセラーになった「捨てる技術!」というヒステリックに何でも捨てることを叫ぶオバサンの書いた本。この作業、なんかこのおばさんの感覚に近いものを感じるんですが。削減、無駄、廃止等という一見するといかにも予算の縮減に繋がるような聞こえの良い言葉が並んでますが、ここでよく考えないといけないのは連続性ではないかな。
「もし」この対極にある意味不明の子供手当てその他の予算増額が無いのであればこの事業仕訳の作業も何となくその作業の良し悪しとは全く独立して、ある程度一貫性の有る行いに「見えなくも無い」のですが、当初喚いていた埋蔵金は無い、明らかに社会主義的な無駄な数兆単位の出費は行う、更には税収はとてつもなく落ち込みそうな予測が出ている上に、前政権の想定予算規模を数兆円も上回る垂れ流し予算を組み込んでいながら、前政権の尻拭いとかどの口が言うか?と呆れかえるばかりで、、、。

この人たちは子供の為の、子供の為の、と何だか壊れたテープレコーダーのように金をばら撒こうとしてますが、そうやって育った子供達(結局そんな金はまともに使われる訳も無く単なる家計の足しに成ることほぼ間違いなし)が大きくなったときには子供達の働く基と成る技術立国の石杖となるものもはもう消え去っていました、なんていうブラックジョークの世界が出現していそうな予感がするんですが。日本を支えるインフラは科学技術とそのメンタリティであって携帯電話とパチンコでその日暮らしを楽しむ怠け者達ではないということ。金を使う場所と量を間違えるなといいたい。社会主義国家の出現を危ぶむ私です。

それにしてもこの脱税総理の対外的な八方美人ぶりは酷いですね。金のバラマキ然り、CO2削減の国連での国際公約然り。この人は本当に金に関して苦労した事の無いただのバカボンですね。こんな人物に社会の一般常識が具備されてるわけないし。まあ、この脱税総理の秘書も立件されそうだし、どうなるかじっくり見てみますか。(検察に期待はしませんが。w)

2009年11月23日月曜日

変わってないよなと思うこと

柳田先生が2002年に科学技術政策研究所で発表された発表の内容が、今もウェブですぐに見ることが出来る状態で公開されていますがその中の文章に以下のようなものがあり強く同意できる部分がありました。端折ると内容が伝わらないかもしれないのでそのままコピーします。

私の個人的意見ですが、日本の生命科学研究の現状はと言いますと、研究水準は驚くほど高いと思います。驚くほどと言いますのは、置かれた環境を考えたらということでして、評判のわりにはということで聞いて欲しいと思います。要するに、実際に周りで言われている、もしくはちょっと見よりは非常に高いということです。しかし、世界での存在感は実際の実力に比してやや低い。ややという表現より、率直に低いです。評価も、特に米国において、相対的に最も低い。しかし日本国内においての評価が一番低いかもしれません。では日本に対する評価はどこの国が高いかというと、やはりヨーロッパが一番高いです。英国やドイツ、それから北欧もお話ししたらすぐ分かると思いますが、彼らは驚嘆しています。オランダの人でしたら、人口は少ないけれどもサッカーだったら日本に勝てる。けれどもサイエンスでは負けると言っています。なぜかといえば、例えば、『ネイチャー』や『サイエンス』というようなジャーナルを見れば、毎号毎号日本から論文が出ている。ですから、日本の生命科学はすごいものだと。20年前には考えられなかった新しい現象が日本で起きているに違いないと言います。
米国は日本を無視と言いますか、「日本、そんなもの知らない」という傾向があります。やはり米国も結構内向きの国です。それこそイチロークラスの選手が20人ぐらい日本から行けば、米国の日本に対する野球の見方も変わるのと同じように、サイエンスも変わるのかもしれません。けれども、日本の研究者も独自の視点を主張しない傾向がありますので、国内的存在に止まる人々が多い。
でも逆に言いますと、日本の研究者が独自の視点を言って、もしも勝つとすれば、彼らの相手はどこにいるかといったら、ほとんど米国にいるんです。そういったことを米国も漠然とは分かっているはずです。野球の世界と違いまして、サイエンスの世界はそこに国益と言いましょうか、国の産業も絡んできますので、日本の生命科学みたいなものに対して、米国研究者の中には意図的に無視するような態度をとっている側面もあると思います。
もう1つは、日本の科学者がやはり真の意味で外国人研究者にフレンドリーではないということです。例えば、私が国際会議でいつも驚くのは、日本人で外国人の学者などと一緒にご飯を食べている人は少ないということなんです。だいたい日本人同士でご飯を食べてます。それを別に悪いと言っている訳ではないのですが、日本人にはそういう傾向がある。やはり文化的な差は大きい。ですから、独自の視点で自分の学問成果を主張して、本当に日本の研究者の学説が認められた時には、逆に競争相手の米国の学説は負けたとまでは言いませんが、日本のほうが上だということになるわけですから、それを乗り越えていくのはやはり大変だということです。
以上が記述の一部なのですが、何だかずっと状況に変化が無いような気がします。私は癌研究を初めて未だ15年しか経っていませんが、日本の科学に対するアメリカの見方というのは未だに上の記述のままだし、日本人の国際学会での行動様式もまさに後半部分そのもの。せっかく持っている科学的素養や見識も会話や主張を恐れる余り、相手が日本人の研究そのものを知るのは論文からのみという事態が遠い昔から続いているわけです。
まあ、そういうアメリカの研究を支えているのはハッキリ言って外国からやってきた精々二世迄の世代が多いです。前にもちょっと書きましたが、私の大学でも教授の中に占めるNative English Speakerの割合なんて五割は無いはずです(他の英語圏から来た人もNon Nativeと考える)。これだけでもアメリカのサイエンスを支えるのは誰かが良くお解りに成るかと思います。それ以降の世代は親のメンタリティーは失ってみんな金が儲かる学部へ行きます。(笑)そしてリーマンショックとか起こしてくれるわけです。

これは提言でして、ここに書いてありますように「信じられないくらい」改善する方法です。ということは、逆に言ったら改善するのが信じられないくらい難しいとも言えるかもしれません。外国人研究リーダーと研究員が多数参加できる環境。少数の研究所や大学の研究科でもいいんですけれども、ともあれ外国人研究リーダーと外国人研究員がぞろぞろいるような研究機関が必要です。また、日本の研究者の英語力、しゃべるだけではなくて、論文を書くレベルで飛躍的に高めることが必要です。社交性も高める必要があるでしょう。それから、研究室の環境を改善する。やはり余りにも環境が外国などと比べて悪いです。そして、研究者は私的な時間を大切にするために研究室にダラダラいるような無駄な時間は過ごさない。なおかついい研究ができるように、我々自身も身を律していかなければいけないと思っております。また、女性研究者が元気でリーダーになりやすい、そういう研究環境であれば、いろいろと有能な女性もこの世界に入ってきてくれるのではないか。また、多数の若い研究リーダーを競争環境に置く。こういったことが必要だと思います。これらは信じられないと言いますか、こんなことはなかなか簡単にはできません。けれどもこれができたら、今のものから、ランクにして3つ4つポンと上がるのではないかと私は思っております。
上の記述にも大いに賛成です。
どこに行ってもたまに居る外国人研究者は中国人留学生だけなんていうラボばかり。ましては教授にいたっては日本人のみ。

国際化する必要の有無は別として国際的に有名な研究者が日本に教授として根付かない状況はやはり寂しいですよ。
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2009年11月21日土曜日

データ検討会

昨日のことだが、金曜の朝ということでjoint lab meeting 方式の実験データ検討会が執り行われた。

韓国系アメリカ人のgraduate schoolの女の子が発表をしてくれたのだがデータの「量」は多いのだけどその「質」が、、、。
例えばqRT-PCRのデータではその大元の細胞のセットアップはもとより、そのRNAの収集やその後の処理を含めて単純、しかし繊細な資料をそろえて始めてまともな解析が始まるのだが、彼女の場合RNAの品質が非常に悪い。低い収量はまあ未だ許せるとして、全く試料間での収量がばらばら(要するにサンプル間で使われた手技が一貫していない)で、gel上でその品質を見る限りはかなりdegradeしている(手技とその進行にも問題があるということ)ということで頭を抱えてしまった。まあ、自分の学生ではないので未だマシかとは思うのだが、これはいかんですよと言う感じ。その後見せてもらったドラッグによるprotein expression inductionは切れ味良く、リークもほぼ皆無なのは良いとして、それを使って証明しようとするAKT3のリン酸化の部分のコントロールのとり方がど素人。はっきり言って論文のフィギュアとしては使えない。案の定、前段で見せてもらったスライドで指摘したコントロールの部分に関する疑問に対する答えの部分の次のスライドをおずおずと出してきたのだが、残念ながら私の悪い予想のほうが当たってしまって、ネガコンもしっかりリン酸化されているのが見事に出てしまっている。

私の質問で重い雰囲気が部屋を覆ってしまったので、質問は幾つかに限定したが、もう少し自分の頭で考える訓練をしてくださいと喉の奥まで声が出て来そうに成りました。

PIにおんぶに抱っこでどうする?

2009年11月20日金曜日

文化大革命(哂)

毎日新聞の政策情報誌「毎日フォーラム-日本の選択」のシンポジウム「政治は変わったか~民主政権の課題と自民再生への展望」が12日、東京都内で開かれ、仙谷由人行政刷新担当相は「事業仕分け」について「これまで一切見えなかった予算編成プロセスのかなりの部分が見えることで、政治の文化大革命が始まった」と発言
少し遅いのですが、このニュース歴史的に後々意味のある発言になる気がしたのでここに残しておきます。まあ、如何にこの人たちの思考回路がショートしてしまっているのか、もう笑う事も出来ないです。精々哂う位。この21世紀にどんなシチュエーションであれ、文化大革命という言葉を興奮してポジティブなものとして使う人がいたとは、、、。そしてそのような人物が政権中枢に居るという恐怖。ブラックジョークとしても相当きついものですよね。表現としても発言としても有りえないレベルです。その後の文化大革命が中国を人材、産業共に壊滅的レベルにまで叩き落したことを考えると何だか日本に対する葬式の準備が進んでいるようで、、、。



大紀元より


一体民主党というのは何をしたいのか私にはその数々の作業を見ているとこう思えてなりません。


資本の再分配


この一言に尽きると思います。ルサンチマンとそれに基づく日本の解体。いつでも国家の破滅は国の内部から始まります。社会主義にもっとも普遍的な行動形態。権力闘争を繰り返し、相手の非を許さず、自己批判を迫る。知識のあるものは人民の敵であり、そのようなものが高給を食むことは許されず、全ての富はその理由を問わず再分配されなければならない、、、。世界最先端のコンピューティング?冗談じゃない!目の前の飢えて困った人民にその金を配れ!一年前なら冗談で済む文章が、今こうやってタイピングしていて、結構眼の前で起きている現実になりつつあることの恐怖。文革がその後どのような結末をたどったのか、最もよく知っているのはご本人達だと思うのですが。その上で行政のトップ達の腐敗はすさまじかったことも歴史は証明していますよね。(笑)暗黒の時代到来か。まるでワイマール後に登場したナチス政権さながらですな。こちらの場合は未だに汚濁から逃れられないドイツ人全体の汚点になってしまっていますが。
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2009年11月19日木曜日

田舎の議会とは一体何なんだろうか

青森に居る知り合いの男性(まあ、70絡みの方)が以前、私に憤懣遣る方無いと言う感じで話しかけて来た事があります。一体何の話しかと思って黙って聞いていると「うーーーん」というような話で仰け反ってしまいました。話の中身を掻い摘むと、、、

自分の住んでいる町の町議会議員選挙が近づいているのだが約束で順番に立候補することになっていた輩が次の選挙では降りるはずなのに降りようとしない。順繰り仲良くやるという約束が違う!!

という事なのでした。このオジサンが典型的な人の良い田舎のおじさんということなのは以前から知っていたのですが、ことこういう事に関してはやっぱり「何だかなー」という感覚しか持ち合わせていないようです。それにしても田舎での「絵に描いたような」選挙の公私混同ぶりというのは何だかもう後光が差すほど救いようが無いなと思います。
大体地方の議会の議員の構成というか元々のバックグラウンドって言うのはどんな人たちが多いのか良く知らないのですが、想像するに土木建築、農業、地元中小企業の役員という感じの人間+世襲政治家+カルト宗教の絡む政党出身の人間という感じで八割とかいうのが何の資料も見ないままでの無責任な推測です。(笑)
村議会か町議会、果ては市議会、県議会と選挙基盤が大きくなるにつれてこの構成も少しは変わるのかもしれませんが、(例えば普段は百姓として農業している人間が村議会には多いとか)背景が「建築、宗教、労働団体、世襲」というラベルを持つ人間を議員から仮に外した議会ってどれくらいスカスカに成るのかちょっと見てみたい気がします。どこかにそんな資料有るのかも知れませんね。調べる気は時間の無駄なので全く無いですが。(笑)日本に居たとき毎回選挙時に決めていたことは只一つ。選挙カーで名前を連呼するだけの候補者には絶対に投票しないということでした。というか、人の平安な日々を乱し、馬鹿でかいボリュームでヒステリックに名前を連呼し路地を徘徊する連中が選挙民の生活の事など考えられるはずも無いので。

まあ、話が少し飛んでしまいましたが、国会というところも飛び交う誹謗中傷と札束の額は違えども目糞鼻糞ですか。
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2009年11月18日水曜日

民主党の正体

科学技術予算へ鉈の振り方で見えてくる民主党の無策ぶりは予想をはるかに上回る酷さ。「惨い」という表現が最も的を射ているような気もします。スパコンへの予算投入を巡る駆け引きは「もう何これ?」という感じ。

これ、笑う(哂う)所でしょうか?

日本の成り立ちを考えたときに想いを巡らさなければならない大切なキーワードは「人材」ではないかと強く思います。地下資源もない、土地もない、そんな国が唯一持っているのは日本という国の持つ包括的価値観と歴史、そしてそこで日々を営む人材ではないでしょうか。一度国家の形を崩すと二度と戻ってこない多くのものがある、そしてそれを取り戻すには百年では済まない時間がかかるというというのは今の中国を見れば明らかなような気がします。狂気の共産主義政策で多くの高等教育修了者と善意の人々が、上層部の権力闘争の結果、理不尽にも声も無く殺された後の中国はそれ以前の中国とは別物です。あれだけの人口を抱える国家が未だにその深い後遺症から未だに立ち直れないでいる事を見れば、日本のような小さな国がその国を誇り高き国家たらしめ続けるのは教育、研究を通じた人材育成しかないのに、、、。

アフガンにはパトカー買い揃えて現地の警察機構を育成するのに気前良く五千億円、そして途上国の温暖化対策には八千億円!科学技術には、、、書くのは止めます。国民とマスコミがこの政権を大勝させたとばっちりが今、これからの日本に100年の大禍として形を成そうとしているのを外から見ていると心の底から痛々しさを感じざるを得ません。自民党がまともだったかというととてもそうだとは言えないと思います。しかし、外国人に選挙権を与えるとか何とか恐ろしいことを言っている人間達が乗り合わせる泥舟よりかは何ぼかマシ。私の生まれ故郷が今、狂人とマスコミたちの手で沈んでいく。

リンカーンが語った言葉は永遠の真理だとつくづく思います。

Nearly all men can stand adversity, but if you want to test a man's character, give him power.(ほぼ全ての男達がその逆境には耐えよう、だがもし貴方がその人の本質を試したいのであれば彼に権力を持たせてみることだ)

脱税総理の究極のポピュリズムに幸あれ。
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2009年11月17日火曜日

竹原信一という人

ニュースでも有名である以上に、その書かれているブログでも大変各方面で有名になっている竹原信一という市長さんのブログを時々思い出したように読んでいる。鹿児島県阿久根市の市長さんとして活躍している人だが、物事の切り口が単純明快で余計な緩衝材無しで問題にぶつかっていくところが大変爽快なブログ。主に自治労の悪習(悪臭)はびこる市役所を住民目線で改革しようとしているのだが、その抵抗勢力との戦い方が実に正論、正論、正論の戦いで、第二次世界大戦中のナチス対連合軍のような錯覚を持たせるものになっている。>善悪の判断をする証拠を公開された住民側の選挙での選択は十重二十重にこの市長を護るほうに動いており、旧弊を引きずる自治労側の何とも間抜けな頑迷さが、鳥獣戯画のように炙り出されてくる始末。
この戦いは阿久根でのものだが多くの田舎自治体というものの実態がこれと同等かこれ以上に悲惨なものであろう事は想像に難くない。実際に日本に居るときに自分で見聞したお役所の中身は「唖然」というような非効率的なものがたくさんあったことは否定しようのない事実ですので。

この市長さん確か自衛隊出身ではなかったと思うのですが、いつも身構えてはやってくるならず者をなぎ倒して欲しいものです。サンチョパンサのようなものでない事はその文章を見ればよくわかります。(反対勢力は印象操作としてそういうタグを付けたいのでしょうが。)

大人になっても正しいことを正しいと声を大にしていえる人は少なくなるんですよね。
その多くは馬鹿扱い。
私はそういう希少価値のある馬鹿が大好きです。しかしこの人の場合は正論を述べているだけに過ぎないので、相対的にそれが周りの人間から馬鹿扱いされているのであれば空間のほうが歪んでいることになりますか。(笑)竹原さん、ちょっと怪しいサイトにリンクを張ってるところなんかもちょい笑えます。


研究の世界でも権威の前で今までの定説を覆す新しい意見を出して権威主義的な大御所と正々堂々と戦える人はかなり地力と馬力のある人に限られている様な気がします。アメリカでもこの手の人は普通に居て、誰とは言いませんが、学会発表で若手研究者で結構いいコンテンツを出してるのに大声でまくし立てて周囲を辟易させる人は居ます。
科学の良いところは学会の会場で声が小さくてプレゼンが下手でも論文でがちっとしたデータが出せて且つそのデータが他の人の手で再現可能なものであれば、やがてはそれは真実として鮮やかに、燎原の野火の様に広がっていくことがあるということです。(それでも宣伝上手が有利なことには変わりありませんが。)
歴史が証明してくれるというのはそういうことなのかもしれません。
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2009年11月16日月曜日

取り敢えずは快勝

先週の金曜日はBethune-Cookmanとの対戦。
第一回だけに今年の行く末を占う大事な一戦となったわけだが、取り敢えず危なげ無い一勝。

とにかく印象的だったのは相手側のコーチの憤激ぶり。
この人なんだが、、、暴言でテクニカルファウルを取られる始末。選手の足引っ張ってどうする?
審判はどう見てもレベル高めの審判団で、どちらに偏っているという感じでもなく、スムースに試合が運ばれていたと感じたのだが。
途中で怒りの余りこっち側のコーチに直接怒鳴り続けると言う失態も。

この人来年があるのか心配です。

取り敢えず我が大学は勝利ということで一安心。
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2009年11月12日木曜日

クラウド・コンピューティング

最近のネットでよく話題になっているのがクラウド・コンピューティングという言葉。
まあ、この言葉自身やがては当然のものであるとして話題にもされなくなるのだろうけれど、ここ最近は、猫も杓子も皆そちらへ話題が集中しているような感じ。
要するに高速の処理や大量のデータなどというものは全部データセンターに貯め、強烈な演算処理は端末の向こうでさせて、自分のPCは単にそれらの結果を表示するディスプレーに、、、ということなのだろうが。(間違ってるかも?)

これって昔のメインフレーム機と端末の関係にそっくりのものなんですかね。端末は幾ら有ろうと仮想化された自分のデスクトップがあって「あたかも」自分のPCであるかのように使える超性能のマシン。取り敢えずその端末操作を許された訓練を受けた人でなくても普通に使えるという点と、有線無線のネット経由で繋がっている点で更なる進化といえるのでしょうが。
何十年も前に創造された未来予想図よりも更に先を行っている部分と、全くこれからも実現されそうにも無い部分とがいろいろごちゃ混ぜになって人類の文明が進歩していっているのが面白いですね。

予想が当たらないからこそ面白いです。良い意味でも悪い予想でも。

それにしても一瞬たりとも雨が振りや先ず降り続いてます。
個人的には雨が大好きなので良い感じです。(嫁さん曰く「変わり者」。)

2009年11月11日水曜日

昨日の夜から久しぶりに本格的な雨。

予報によれば金曜日まで降り続けるだろうとの事ですが、気温がそれほど低くならないので芝生の養生をしたかった人たちには恵みの雨かも。
今週末にはどうしても裏庭の落ち葉にけりをつけなければ近隣の迷惑になると思われる。
それにしてもこの落ち葉の量のすごさは一体何なのでしょうかというくらい毎年激しいものがあるのですが、後処理は嫁さんと二人毎度のことですが大変です。

誰か手伝って、って言っても下の娘以外はあんまり乗り気ではないし。

まあ、腹を引っ込める為の運動の一環と思ってやるしかないですね。
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2009年11月10日火曜日

コラボ

今日はBiotech parkから「結晶解析学」をしているコラボレーターが来て、次回の細胞実験の話をしていった。
やっぱりバイオロジーのパートはなかなか苦手みたいで、大規模解析装置とコンピューターを使った結晶解析の世界の人は泥臭いウェットラボの実験はなかなか未知の世界の人が多いようです。

まあ、実験自体は大して難しくないので、今回の実験を追加することでグラントが追加で取れると良いなと単純に考えています。

2009年11月7日土曜日

アメリカ式ゴミ処理

これが何の写真かお判りでしょうか。
私の家の近所にある粗大ゴミ集積地の一角に置かれているトレーラーです。列車のコンテナ一つ分のバケットで、その中に自分の家から出たゴミを何でもかんでも仕分けすることなくバンバン叩き込んでいくのです。今時の日本や、ヨーロッパの仕分けに慣れている人が見たら目玉を剥くような光景なんですが、これがここのやり方なので仕方ありません。仕分けといえば、このゴミ捨て場でも機械油と落ち葉とバッテリー、それにまだ着れる服や靴などは更に別分けするところがあるのですが、そこはまあ、見た感じではあんまり利用されてないんですよね。
8ドル払って入場すると、もうトラック一杯だろうが車でちょろっとだろうが関係なし。建築で出た廃材なんかももう見境無くどんどん捨てられていきます。これ見たときはさすがに唖然としましたが今ではその光景に慣れてしまった自分が少々怖くも有ります。一体全体このゴミはどこに消えていくんでしょうか。まあ、間違いなく埋め立てなんでしょうけど。


2009年11月6日金曜日

Exhibition Match

今年はついにシーズンチケットを購入してのバスケットボール観戦。

今シーズンの第一弾は例年の如くエキシビジョンということで「お披露目」試合。対VUU(Virginia Union)がその腕試しの開幕戦となった。我がヒーローALL CONFERENCEのLarry Sandersが去年以上の安定度を見せてくれた。Joey Rodoriguez,Brandonとのコンビでもうコテンパンにやっつけるという感じ。新しいコーチSmartも、後半の半分からはもう一軍は全員ベンチ入りして後の二軍以下の生徒に経験をつませるという感じの試合をさせていた。ハーバードの入学許可を蹴ってバスケットを優先した男、コーチスマートの名前通りの優秀さを見せて欲しいと思う。

今期の下馬評は以下の通り。

1. Old Dominion
2. Northeastern
3. VCU
4. George Mason
5. James Madison
6. Hofstra
7. Drexel
8. Georgia State
9. Towson
10. William and Mary
11. Delaware
12. UNC Wilmington



今回の試合は取り敢えず85-55で当然のように勝利。しかし、未だ実質的には試合は始まっていない。次週の金曜からが本番だ。下馬評をどこまで覆すのか?興味の尽きないところです。

2009年11月5日木曜日

風が強く吹いている

日本から送ってもらった期待の一冊、三浦しをんの「風が強く吹いている」。合間を縫って一気に読ませていただきました。一言で言えば非常に良く練られた小説だなと感じました。最近読んだ和書の中では面白さという意味で二重丸を付けたい本の一つです。
まあ、あちこちで書かれていることですが、「こんなの有りえない」というとそれまでなのですが、そのプロットの荒唐無稽さを考慮しても読後感は爽やか極まりない良質のものでした。
自分の学生時代、その当時(25年前)でさえ既に伝説になっていたような、少しでもお洒落や彼女と縁があるような輩は絶対に近づかないような下宿に住んでいましたので、この小説の持つリアリティーは全く虚構とは反対の当時の私の生活そのものでした。
ギシギシなる階段。将棋の駒の彫りこめられた柱。畳が腐ってそうな床。隣の部屋の音まる聞こえの部屋。鍵などした事も無く、ある時などは見知らぬおじさんが私の部屋でビデオを見ていたり、家に帰ったら酔っ払った友人達がいびきをかいて寝ていたり。一階には明らかに中核派で留年を繰り返している人が住んでいて、部屋の戸の前に中核派の機関紙「前進」が束になって置かれていたり、、、。

もう、滅茶苦茶。(笑)

でも、誰もそんなこと気にしない良い下宿でした。
大家さんの方針で、駐車場にしてしまうということになり立ち退かざるを得ませんでしたが、あんな男おいどんのような生活はもう二度と帰ってこないのかなと思うと、この本に書かれていた世界が自分をタイムスリップに誘ってくれたようでその部分の記述だけでも満足したのです。しかしその上に更にこの駅伝の話が重なってくるのですから面白くないわけがありません。今は嫁さんが読み始めました。感想が楽しみです。映画のほうもいつか機会があれば見てみたいもんですね。
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2009年11月4日水曜日

クール・ジャパン(笑)

物の見方というのは多面的にいろいろな人が見たものを更に外から眺めることによって「岡目八目」的なものにもなりかねませんが。(笑)
たまたま配信されてきた日経ビジネスオンラインの記事の一つに実は“下り坂”のジャパン・アニメ~騒いでいたのは関係ない人たちだけというのが有りました。
記事を読んでの感想なんですが、こういう記事を書く人たちって言うのは、何だか何でも「統計処理可能な貿易量の推移」みたいなものにその論拠を置くんでしょうかね。例えばこの記事を書くことを例にとれば、日本アニメの世界におけるコンテンツの売上高を例にとって「日本アニメは実はもう産業としては縮小だ~、退潮傾向だ~、下り坂だ~」とラッパを鳴らされてるわけですが、たとえそれが本当だとしても一言言いたいのは「ちょっと落ち着け」という感想。まあ、何だかこの手の投資関係者というのは株式市場のメッセンジャーボーイ的な人なんでしょうが、なんでこんな世界を語る資格があるんでしょうかね。実態統計に反映されない世界の登場の当然ご存知だと思いますが。

読んでいて非常に気になるのは、まずはこれらの主張の論拠が薄弱なこと。そしてもう一つ気になるのはその主張がアジテーションになってしまっていて、私の一番嫌いなセンセーショナリズムを多用している点。間違ったデータを用いた間違った仮説に基づく誤った推論と結果提示。科学の世界でもこの手法を使って徹底的に叩かれまくる人たちが後を絶ちませんが。マッチポンプ記事には何時でも何処でも辟易しているのですが、日経もネットではクオリティーペーパーたり得ないのですかね。

こちらに住んで十年以上過ぎて思うことは、日本アニメのアメリカの子供達へのますますの浸透。特に娘達のアニメにアクセスする手段が全く昔と変わってしまったことです。昔は日本のおばあちゃんに漫画を着き位置で送ってもらったりしていたものなんですが、今はほぼ皆無。気に入ったものを細々と注文するだけです。では漫画を読む量は減ったかというとその逆。数倍に増えてます。(親としては時にストップをかけないといけないのですが。)
学校でも多くの日本のアニメファンがいてその数は隠れも含めて相当なものだと思いますがその子達がアニメを読む手段はほぼ完全に「インターネット」からなのです。動画、漫画全てのコンテンツがありとあらゆるサイトからあっという間に翻訳(娘達の読むサイトに多いのは英訳)されて登場します。本当にその週の少年ジャンプから昔々の漫画まで冗談抜きに「何でも」読めるのです。まあ、間違いなく著作権なんてものは全く考慮されてない事は想像に難くないのですが、こういうところは謂わばネット上に漫画の図書館があるのと同じ事で誰もお金は使いませんよね。統計的には絶対に貿易統計に出でるわけも無い訳で、これほど凄まじくコンテンツがデジタル化されていたらグーグルの出る幕も無いなと思うほどです。

まあ、金を手にしたい人たち、これを一大産業にしたい人たちはそれが金銭に反映されないことは大いに不満なんでしょうが、個人的には「ほっとけ」とという程度の話です。みんなが飢餓感を持ってこれだけのサイトを構築してコンテンツを流せば当然それだけ実物としての「マンガ本」の売り上げは減るわけで、それは「趨勢」という一言で済ませるだけでは無いかと思うんですが。
お金の欲しい投資家達には生活に関る大問題なんでしょうが。(笑)

JASRACもアメリカの音楽業界もCDの売り上げが云々といってますが、実態は皆ますます昔以上に音楽とは離れられなくなっているわけで、店頭やオンラインストアでの売り上げをもってその世界のトレンドを語ること自体が不可能になっていることにまだ気付かない人がいるということ、そしてその人たちが主要なメディアで頓珍漢な論陣を堂々と張っていることにまた驚くのでした。多分アニメも動画漫画に関らず、需要は高まってもコンテンツがデジタル化可能なものである限り、お金にはコンバートされないコピーが無限に出回り、人気は有って、有名にはなってもお金はある程度までにしかならないというような感じに更になっていくんでしょうね。

まあ、この世界、僕のゴミコメントなんか勿論無くてもなーーんにもか構わないし、日経の記事なんかで憂国ならぬ憂アニメ産業なんかを他人が心配しなくても、世界は時と場所を変えて興隆を繰り返すわけです。百年後、二百年後に日本にはそういうものがあったというだけでも良いではないかとは思えないんですかね。国家が保護しないとその世界の構造を維持できない産業なんて所詮それまでのものでしょう。

今でも海外の家で趣味のいい部屋に日本の浮世絵のコピーがさりげなく置かれていて皆に愛でられている、なんていうのはそれだけで充分、日本文化の拡散を感じさせるんですが。それが将来はアニメのセルに変わったりして。こうなるともう詫び寂びの世界ですか。金や社会的地位が無いと自らの矜持を保てない人達にはこういう話をしても無理かな。

通産省の官僚が予算獲得の為にしてる話なんて現場のアニメーション作家や漫画家には何の関係も無いでしょ。ホント、くだらないの一言です。大体アニメがクールジャパンなんて誰が言い出したのか。どっかのインチキハイパーメディアクリエーターかな?(笑)私にはクリエーションに関係ない人達がいつもクリエーターからどうやって金を搾り取るか考えてるのが「投資の世界」にしか見えませんね。まあ、ご本人達は投資による産業育成という錦の御旗を振りたいんでしょうけど、裏が見え見えで。(笑)創造に関係の無い世界の人間が大所高所から御意見を発せられるのは構わないのですが邪魔するのだけは止めましょう。

あ、最後に。私はアニメおたくではありません。念のため。
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2009年11月3日火曜日

ASIAN MARKET

アジア人が経営する食料雑貨店というものが大抵の都市にはあると思う。
特にベトナム、中国、韓国系の人たちが経営するエイジアンマーケットといわれるものは日本食、中華などの材料を中心に我々アジア人には痒いところに手が届くような品揃えをしている事が多く助かる。
リッチモンドに住んでいる我々には「多分」TOKYO MARKETというところと、TAN A STOREというところが最も品揃えが豊富でよく知られたところではないかなと思います。
前者は韓国人のオバサンが経営する店で、ほぼ完全に日本食と日本の雑貨のみ。後者は多分ベトナム人?が経営するアジア雑貨と食料品の店。
そのTAN Aに、おや?と思わず目を留めてしまう品があったので写真に撮ってみました。

説明は抜きでいいですよね。(笑)


2009年11月2日月曜日

ハロウィーン

一昨日はハロウィーンだった。
余りにも眠たかったのでちょっとずるをして夕寝。

アメリカに来て十数年だが、初めて天気のぐずついたハロウィーンだったと思う。
上の娘達は同じエリアの者同士少人数で集まってお菓子集め。
息子は母親と一緒に。
下の娘は何と家に留まって犬の誕生日を一緒に祝うといったところだ。

そういえば家の犬はハロウィーン生まれで今年で二歳になりました。


チョイ古い写真ですが、ここにその顔をお見せします。