2017年10月16日月曜日

ふるーいコニャックとウイスキーの問題

今日は長崎の義父から頂いたまま長年”勿体なくて”開けていなかったスコッチとコニャックを開けてみました。

ところがこの二品のアルコール、既に多分20年以上義父がプレゼントとして後輩から貰ったまま飲んでいなかったもの。
一番の懸念は蓋の下についているコルクの劣化でしたが・・・。

実際に開けてみると一本目のHennessy XOの蓋はねじった瞬間”ブチン”と切れてしまいました。
二本目のベル・スコッチに至っては同じように切れた挙句、下のコルクは何となく貴腐ワインの様に萎んでしまって変色しておりました。

思わず「ウ~ン」と唸ってしまった二本の酒でしたが、とりあえずは勿体無いので、底に落ちてしまったコルクの破片を除去するためにメタルのコーヒーフィルタとネットの目の細かいフィルタをそれに被せたものを使用して洗ったワインの瓶に中身を移しました。

部屋の中にムワーンとアルコールの匂いが充満して嫁さんが「うわっ、うわっ、強烈〜!」と跳ね回っていましたが、それを無視してその美しい琥珀色をうっとり眺めて過ごしました。
しかし、”のむ”という意味ではいくらアルコールで菌の増殖は考えられないものであっても一回のフィルタリングではどうも心配でしたので、今日は眺めるだけに留めてそのまま瓶を床においてギブアップと致しました。

さて、どんなフィルタリングをかけようか・・・。
実験室から50ccのシリンジとバイオセーフティ用のマイクロフィルタを持ってきてシコシコとtranferするか?
もう少し時間をかけて仕上げてシッカリ胃袋に収めようと思います。w

2017年10月15日日曜日

土岐プレミアム・アウトレット

今日は嫁さんへのサービスの一環としてアウトレット・モールへ行ってきました。

名古屋に住む人間としては、一緒に行くアウトレット・モールの候補として主に二ヶ所しか知りません。基本的にまだまだ全然名古屋郊外の事を知りませんので、そもそもいろいろと候補を挙げること自体ができないのですが・・・。

まあ、それでも知っているアウトレット・モールは土岐プレミアム・アウトレットとジャズドリーム長島の二ヶ所。そのうち行ったことがあるのは前者。後者は全く知りません。
というわけで、選ぶにあたっては”そういうことを知ってそうな”看護師さん達の中から数人を選んでジャズドリーム長島とはどういうところか?って、聞いていったところ「前はあんまりたいしたことなかったけど、最近は改装して良くなったって噂」等と言っておりました。

それでも、私はとりあえず、自分自身がそこがどんなところか知っているという意味では”安牌”である土岐プレミアム・アウトレットを目指して行くことにしました。

昼過ぎに家を出て岐阜の県境目指すこと約40分。雨の中でしたが、アッと言う間に高速経由で土岐まで到着しました。
息子と嫁さんと三人でモールの中を歩き始めると、まず第一声が「アメリカ思い出す〜!」という言葉。確かにWilliamsburgなんかのアウトレットモールにそっくりですしね。

どんどん歩いていくんですが、嫁さんも私もかなり先まで行っても何かを買うわけでもなく、殆どウインドウショッピング状態。まあ、いつもの事ですが。w

暫くして息子の小腹を満たすためにFood courtへ入って落ち着いたあと、また再び残りの半分をtrottingしていくうちに、「オッ!」という値札の着いた明らかにお買い得な息子用の冬のジャケットやシューズ、嫁さん用の”流行りの”カーディガン風の服などがありましたので、それらを買い求めました。私はと言えばナイキの2000円以下のバックパックを一つ買いました。
ハロウィンの飾りつけがあちこちにありました。
 実はこのあと、猿投温泉に行って温泉に浸かろうという話もあって、着替えも持ってきていたのですが、モールの展望の良いところから眺めている景色の中に「ゆ」という赤い漢字が電光で見えているところがありました。
手元のスマホでグーグルマップを使ってそれが何か調べてみると”土岐よりみち温泉”と出ておりました。
本当に眺めがいいですな!
まさによりみち!ここは行かぬ手は無いということで早速方針変更して家族が男女に分かれて50分ほど各種の湯にゆっくり浸かって命の洗濯をした後、家路についたのでした。
とは言え、最後は締めとして嫁さんのリクエストに沿って長久手の本郷亭でラーメンを食べて終了。なんと、店に入る前からすでに何を食べるかはネットで決めていたというヒマ人の本領発揮。食うことに関して"のみ”無敵の努力家ですな。orz

2017年10月14日土曜日

突然のコール

土曜日の11時55分。いきなり私の院内電話がなりました。

嫌な予感がしてPHSのボタンを叩くと精神科病棟から切迫した看護師の声が入ってきました。
「隔離室に入っている患者さんの様子が変なんです!」

私としてはそんな具体性の無い電話ではなくて、どういうバイタルでどんな意識レベルの分類なのかササッと手短に報告を入れてほしかったのですが、精神科の新米看護師さんに緊急時、それを求めるのは酷かなと・・・。
とりあえず帰り支度をしていたのはいきなり中止して、午後の家族の予定も中止だな〜と即中止。

白衣を羽織って五階までブッ飛んで行きました。

隔離室に入ると確かに呼吸の様子がおかしく目が虚ろです。SpO2モニタを見てみると70%台。脈は微弱でかなり促迫しており120ちょっと。誤嚥している様子はなかったのですが、看護師達の話を聞くとどうやら昨日の夜からほとんど飲水もしていなかった様子。体温は38度9分まで上昇しておりました。

ベースに脱水の存在を強く疑いましたが、とにかく呼吸自体がもう止まりそうな状況でしたので、直ちに気管挿管を行い中心静脈カテーテルでライン確保してCT室へ走りました。

脳梗塞はこの時点では未だ確認できませんでしたが、少なくとも脳出血は無し。ただし、肺にはアレルギー性肺臓炎の様な特異なイメージが得られました。誤嚥性肺炎のイメージは無し。採血結果からして脱水が強度のものでした。
大量の輸液を行なって30分もすると、人工呼吸器でファイティングが発生してきて意識が戻ってきていることを確認できました。更に10分もすると質問に容易に答えることが出来るようになってきました。

これでとりあえずは一安心。

家に帰って美味しいご飯でも食べに行こうかなという小さな予定は消えましたが、若い患者さんの命はとりあえず助かったようで何よりの午後でした。

2017年10月13日金曜日

長女のプロモーション

FCC(連邦通信委員会)の傘下にあるワシントンDCの組織で働いている長女から突然メールが有りました。

タイトルは「:D みてー」と言うもので、その他には何も無し。アタッチメントの書類が一通あるだけです。
タイトルの絵文字はポジティブ系のものだというのは確かそうでしたので、そう心配せずに開封したところ、文頭に”RE: Promotion”と言う文字が!

そうです。今まで入職して一年間はAssistant program analystだったのですが、それからAssistantの文字が取れて一段階段を上がったみたいです。送ってきた書類はそのプロモーションに関する同意書で、サインをした最終のものでした。

改めて娘の働いているその組織のJob applicationのリストでその要件を確かめてみると、要経験3-5年等となっています。娘は嫁さんにはこっそりLINEで「ちょっと無理かな〜」なんて呟いていたらしいのですが、結局無難に乗り切ったようで娘にとってはメデタシメデタシでした。

親としてびっくりしたのはやはりサラリーのジャンプで、年間1万2千ドルのブーストがかかって、日本円にして年間700万円弱となったようで、これにフリンジ・ベネフィットの手厚さを考えると、同じ年頃の時私は勿論のこと医学部の学生で無職かつ自他ともに認める貧乏人の息子だったことを考えると、23歳でこの金額の給与を与えるのはやはりアメリカらしい”非”年功序列な世界だなって正直思いました。

もう娘の携帯電話代の支払いやめようかな。w

2017年10月12日木曜日

お前は中学生かって言ってもうた。w

我が家の嫁さんがアホだっちゅうのは良く知っていたつもりでしたが、予想の斜め上でした。orz

日本に帰ってきて、ずっとずっと我慢していた”思い通りの”髪型注文が出来るようになったということで近所の美容室から入ってくる折り込みやネットの情報を見ながらいろいろと妄想を膨らませていたようです。
長く伸ばしていたライオン風のボサボサ髪(嫁さん自身の表現)を何とかしてイメージ通りの髪にしたい!と言う計画を実行するにあたってまず帰国一番である美容室に行ってまずバッサリ。

確かに一回目はドラマティックに短くなっておりましたが、それはまず次へのステップへの土台レベルの準備だったらしく、まずは全体に拡がってしまう髪を縮毛矯正という私には意味不明のテクニックを使ってまっすぐシャキッとしてもらったらしいんですね。

その後、二ヶ月ちょっと経った数日前に意を決して新しいサロンに新規顧客に対するクーポン券を手に持って行ったらしいんですな。

最初は、娘が日本に帰ってきた時にこんな感じで髪を切ってもらおうとしていた女性の髪型の写真(下の女性)を目指してもいいかなと思っていたらしいんですが、それは一旦止めにして・・・。次の案を実行したらしいです。
それは、ドクターXの大門未知子!
私が信じられないのは、下の写真をスマホに入れてその画面を理容師さんに見せて「首周りがムシャムシャするので、これくらいの長さのイメージでお願いします。」と言ったらしいんですナ。w
どういう神経してたらこの写真を店員に見せられるのか???
そしたら、仕上がりはauの金ちゃんになったんだそうです。(言われてみれば・・・)
余りにも意味不明なことしていたので、くすくすくすくす20分位笑いを抑えていたら「そんなに可笑しい?」って逆に笑われてしまいました。しかしね、、、大門未知子の予定がauの金ちゃんとなったって事が笑えて・・・。

よく聞いたら、若い人を中心に当たり前のようにモデルさんの髪型の写真を持っていって「こんな感じにして下さい」ってお願いするんだそうです。

やっぱりオジサンとは生物として、もともと種類が違うんですな。
生物多様性。生き残り戦略としてはいい言葉です。

2017年10月11日水曜日

息子の飲酒

最近アクシデンタルに息子の飲酒が発生いたしました。

もともと私自身は成人した息子と隣同士で焼き鳥突付きながら四方山話をしたいな〜と思っていたイチ・親父なのですが、息子は自閉症で言葉が話せないことと、酒を飲むタイミングというものが無いため、そういった”飲酒”をする機会というのは、息子が成人を迎えたあともまあほぼ無し。

家族全員で料理を食べに行ったときなどにせいぜいビールに口を付けさせてみたりすることはあってもそれ以上に進むこともなく、特にこんなものを飲ませる意味も見いだせずそのまま放置となっておりました。

が、嫁さんが結構好きな酎ハイ、しかも最近の可愛い系?の”如何にもジュース風”で美味しそうな、よく見なければ”間違いなくソフトドリンクと見紛う”缶酎ハイを息子が勝手に開けて飲んでしまうという事件が立て続けに起きてしまいました。

勿論、この手の飲み物はかなり味付けがジュース風ですからソフトな口当たりで女性でも比較的グイグイのむことが出来るもの。しかし問題はその後で、調子こいているとそのまま飲みすぎて気付いたときには”バッタリ”ということになりかねません。

それを考えると、小さいお子さんがいるところではこの手のソフト・リカーは”危険な”飲み物ですね。

さて、息子の方ですが、二本のチューハイ(一本はアメリカに帰った次女が飲まずに残していったもの、そしてもう一本は嫁さんが飲もうとして置いていたもの)をコッソリ、しかも一気に飲んでしまっていました。
それに気づいたのは風呂から上がってからだったのですが、息子は結構ケロリとして何事もなかったかのようにしておりました。

どうやら息子は酒にはそれほど弱くは無さそうですが、だからといってこういった事はなるべく避けなければなりません。私が見ているときだけたのしく飲めるようにセットアップし直しましょう。

2017年10月10日火曜日

果たしてトランプを笑えるか?

アメリカの田舎者と低学歴だけがその進出を決めていたと今でも勘違いされているトランプの当選。

しかし、選んだ連中の一部はなった後に「勢い」で選んでしまった己のミスに気づきながらも時既に遅し・・・という状態の今のアメリカを我々日本人が対岸から驚き呆れて物笑いの種にしたりしていますが、果たして我々の多くに嗤う資格があったんでしょうか。

私がアメリカに居た頃に起きた民主党政権への交代は日本全体に100年では治らない傷跡を残しましたが、アメリカという、いつの時代でもあらゆる分野におけるトップ・コンテンダーが今ほど国全体で麻痺状態に陥っていることを考えれば”雰囲気”で選ばれた代表が国のヘッドになると如何に母体がデカかろうとこれほどの災厄をもたらすという事実を忘れてはならないでしょう。

伝え聞くニュースによると国務長官のティラーソンからアホ呼ばわりされた事を受けて「俺とIQテストをしよう。勝つのはどっちか分かってるが」などというこれまた馬鹿と呼ばれるに相応しい反応を示していますが、ティラーソンのミーティングにおける”トランプの理解力の無さ”に対する様々な彼のボディー・ランゲージををトランプが嫌っていたという仄聞もありますが、まあ、いかにもありそうな話ではありますな。w

日本ももうすぐ総選挙の投票日まで後十日余りですが、思った通りの希望の党の迷走ぶりはやはり馬脚を露したな〜っていう単純な感想しか持ちません。
党首からして、カイロ大学を出ただけの何のポリシーもないただのオバチャンですからね。世界レベルでは有能な女性政治家はあまたおりますが、少なくともこの人はそういった人物たちとはあらゆる意味で一線も二線も画す人。私の個人的なサマリーでは女性版の小沢一郎になって最後はアブクとして”そう言えばそんな人もいたな〜”となって終わる人物だと見立てています。

そう言えば小沢一郎の時代も遠くになったもんですなぁ。
一時期は(一瞬ですが)キング・メーカーなどと呼ばれていた頃もありましたが、結局は本物のトップになることも無く、今では消息知らずに近い人になってしまいました。

方丈記の一文はいかなる世においても常に真実ですな。ノーベル文学賞10回分くらい貰っても良いくらいの絶品です。

ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。
たましきの都の内に、棟を並べ、甍を争へる、高き、いやしき、人の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれど、
これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。
あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。
住む人もこれに同じ。
所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中にわづかに一人二人なり。
朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。
知らず、生まれ死ぬる人、いづ方より来たりて、いづ方へか去る。
また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。
その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。
あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。
あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。

投票後の結果はどうなるのでしょうか。日本の今後の”もう暫く”を占う良い機会になることでしょう。

2017年10月9日月曜日

眠らせてもらえない

連休の間はなかなか大変な当直でした。

夕方の早い段階から、夜中、そして深夜、早朝それぞれの時間帯にコールが有ると言う感じでなかなか寝る時間がありませんでした。寝てもトータル一時間か二時間。
50超えのオッサンにはなかなかきついものがあります。w

まずはてんかんの患者さん、次は腹水の大量貯留からの息苦しさ、その次は血中酸素濃度の急激な低下と血圧の下降、更には嘔吐と下痢に高血圧を伴った夜勤のヘルパーさんからの緊急支援、最後は大量の喀痰排出を伴う肺炎患者さんの登場など。まあ、バラエティーにとんだ案件がズラリでした。

30代の頃や40代の前半くらいまでは文字通り”しゃかりき”になって仕事をしていましたし、疲れるとか何とか言う前にまず体が動いて先に走るという感じでしたので、走りながら考えるということが普通の生活では文字通り”体力”が大変モノを言う時代でしたが、それでも体が動いてくれたのでそれを”普通”と思って働いてきました。

ところがやはり五十の声を聞き始める頃くらいから無理を重ねるとその”次の無理”が重ねられなくなるという現実に突き当たってしまうことに否応なく気が付かされました。
実際、眠気を感じながらも体は動き続けるのですが、パフォーマンス・効率と言う意味ではどう考えても落ちているという事実を認めざるを得ないほど生あくびが出てくることが増えました。

ヤッパリ代謝の速度が落ちているんでしょうね〜。
自分の中には”頑張るゾ!”という声が聞こえておりますので、「よしよし、やるべ〜やるべ〜」とは感じつつも、完全には自分の体が追いついて行っていない事実を理解できております。しかも、年々歳々その”追いついていないギャップの量”が膨らんでいっているんでしょね。orz

これが加齢と言うものの本性か?w

2017年10月8日日曜日

アカンと思ったら負け!

人ってどこまで正気を保つことが出来るんでしょうかね。

正気を保つことが出来なくなった=気がふ(狂)れた、なんてことになるシーンを映画や小説では昔から繰り返し繰り返し演じられたり描かれたりしています。
最近も肉体的にも精神的にも”極限”の状況下で年単位で捕虜にされていた人間達の脱走の話をある映画で見ましたが、人間の心理の内側を描くことで各個人の異常な状況に対する耐性の差がよく描かれた物語でした。

抑えつけられても閉じ込められても、滅入ることはあっても決して狂わない人間もあれば、アッと言う間に自暴自棄になってその後はもう一直線に廃人化していく人間もいると言う設定でしたが、実際の生活をしていく中では例えば最も人間にそのような状況を与える”非日常の異常事態”というのはどんな状況か。

例えば戦争や炭坑崩落での閉じ込め、アポロ13の置かれたような宇宙空間での絶体絶命の状況等だと思うんですが、それでもその差を産み出すのは希望を失う人間とそれを保ち続ける人間の差だと感じます。

”必死に生き残る”というのは言うは易しの典型で、己にそのような事態が起きた時に生きるためのガソリンを持っているか否か、そしてそのガソリンを使う目的が或るか否かが自分に正気を保つ理由を与えてくれるんだと信じています。
私の場合は一人では生きていくことの出来ない息子がそれに当たるでしょうか。

最後の最後まで希望を捨てない。

虫ケラと言われようが、どんな状況に置かれようが、それでも希望は捨てないというのは人生というストレスそのものに対する一つの大事な答えではないでしょうか。みっともなくても、惨めでも、ヤッパリ生きていくことで誰かの役に立つ事ができる限りは生きていく意味はいくらでもあるって最近は考えるようになりました。

人から生きる意味を与えられるのではなく、自分の頭でその意味を考えることでまた違う明日がやってくると思えるのは唯一人間だけが成し得ることだと考えます。

別に高尚な目的でなくとも、例えば高齢の患者さん達を見ていても、笑って日々を過ごせる人と哀しみに身を包(くる)んでいる人達の差は、生きてさえいれば何かおもろい事が有る、美味いものが食べられるということを想像できる人物か否かという単純な差であるような気もします。

殆どの人にとって、人生単純平坦、順風満帆とは程遠いものでしょうけど、それを前向きに受け止めて打てる手は”出来る限り”打っていかないかんと改めて考える自分でした。逃げるのは”アリ”だけど、それはあくまでも次の前進のための一時的な休憩でありたいものです。

今日は残りの人生の最初の日(Today is the first day of the rest of your life)とはアメリカの薬物中毒者の救護施設の設立者であるディードリッヒと言う人の言葉らしいのですが、ダメ男の自分にも、毎日の小さな前進・改良を喜べる人生を贈って終りを迎えたいものです。

運は「諦めなかった奴」を勝者にするのだと。

2017年10月7日土曜日

お金の遣い方

アマゾンで「殿、利息でござる」という映画をみました。

正直な事実を一言で表すならオジサンは泣きました。2016年春公開の日本映画ですが、私にとってはみる価値のある映画でした。映画は沢山ありますし、わたし自身は映画を週に二、三本観るのが普通ですので、多くの”これは面白そう”という映画も実際には途中で「時間の無駄」ということで視聴を打ち切ったり、最後までは観るものの「ああ、時間がもったいなかった」と思うものから「思ってたのとはぜんぜん違う」と言うものまで多種多様。

いわゆる記憶の中に刻まれるような良品はなかなか出てきません。

勿論、ジャンルによって求めるものは違いますし個人の嗜好も全然違うものですから、ある人にとってはまるで響かないものでも、別の人にとっては珠玉の作品と言う評価に変わる可能性もあるわけで、評価軸をどこにおくかでこの手の芸術作品はどう評価されるか全く変わってしまうわけです。

毎度この手の話を書く際には、いわゆる”ネタバレ”になりますので多くのことは書きませんが、あらすじを更にまとめると、18世紀の仙台藩における物資輸送役の使役をさせられていた吉岡宿の人々が知恵を使ってその苦労から己と子々孫々を自由にするためのある手段に打って出る・・・と言うものです。

この物語の中で中心となる命題は「お金を如何に活かすか」ということと「お金を使う人間の側の心意気」ということではないかと私は”現代国語”的には思うのですが、この劇中に出てくる実在した人々のことを考えた時、私は人というものの性善説というのを映画を通して再び信じる事ができましたね。

金と智恵は常に使いようで悪にも善にもそのベクトルを容易に変えることを”今一度”考えさせてくれる良い小品でした。
チャンスが有ればアマゾンかDVD一度ご覧ななるのも有りかと思います。