2017年7月21日金曜日

だめんず・うぉ~か~

もともとダメンズの意味は知りませんでした。

しかし、日本を発った後くらいから日本では”だめんず・うぉ~か~”というのが流行っているというのを知りました。その意味を知った後私の脳味噌に出てきたイメージはチンピラに騙される頭の弱いダメ女・・・なんていう古臭いものでしたが、どうやら現実の世界はもちょっと複雑な様で。

身近でDVの被害者とかヒモのネタにされてる女性というのが”表立って”は居ないので、そういう女性のタイピングさえ私の中ではできていませんでしたが、ダメ男に騙され貢ぎ続けるこれまたダメ女と言う意味では実際に倉田真由美のコミックを見る機会があって「あ〜、有るんかもしれんな〜」と思うことばかりでした。

しかし、日本に帰ってきてはや三年半。病院のなかに居る多くの女性=看護師さん達ですが・・・ダメンズWalkerがやはり沢山おられることが良くわかりました。orz

最近一番”うーん”と腕を組んでしまったのは、有る20代の仕事の良くできた看護師さんのことでした。その子はちょっと短気なところはありましたが仕事は比較的テキパキとこなす子で、私は信頼しておりました。
病棟を他の所に移ってからも時々は見かけていたのですが、この春ぐらいから「そう言えば見ないな・・・」という感じになっておりました。まあ、気にもしていなかったのですが、最近になってふとしたことでその事を同年代の同じ病棟で働いていた女の子に尋ねてみたところ「田舎に帰った」とのこと。

「あら、そうだったんかい?」とちょっと驚いたのですが、その理由を聞いて今度は暗然としました。まあ、院内で付き合っていた男性と云々(ご想像にお任せいたします)ということだったのですが、それを知った時は「真実でありませんように」と男親のような気持ちで祈るばかりでした。

仕事が出来る子だからといって男を観る”眼”が涵養されているかというとそれはまた別の話。そういった事の発達には実に複雑な背景が絡んできます。無理もありませんが・・・。

どんな男が良いかなんて言うのは、男の側から見てどんな女がいいかというのがそのペアの数だけ有るのと同じで、基本的には何の客観性もなく、本人たちが良ければそれで良いという世界なのでしょうが、それでもやはりどう見ても駄目でしょうというレベルのものも有るわけで、実に難しいものです。

まあ、私には祈る以外何もできませんし、彼女にしてみればまさに「余計なお世話」ですわな。w

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2017年7月20日木曜日

お役所仕事

このブログの中でもお役所仕事のお笑いぶりは何度もネタにしてまいりましたがやっぱそれは霞が関でも”当然”変わらないようで・・・。

霞が関で働く様な人というのは基本的に能吏であって、無能は燻るか出世できないかと言うのがその多くの場合だと思われます。特に要求されると思われるのは文書の作成能力。これがなければあの辺りでは息をすることさえできないことでしょう。

霞が関におけるいろいろな官庁の歴代の”事務処理能力”の優れた人達の列伝を読み聞きしてみると、博覧強記型、猛烈に優秀な法文作成能力保持者、寝業師、理論ガチガチの水も漏らさぬ文章を書き上げるもの、意味不明でも北斗神拳で秘孔を突かせないような霞が関作文に優れた人物などいろんなタイプの人が出てきますが、読んでいて感じるのは「目の前に来ている次の時代になったら法文作成と解釈の仕事は殆どがAIの専権事項みたいになると言われているのに・・・」と言う”他人事ながら”心配になってしまうような確実に来る近未来の確定事項のことです。

つまり法文周りのことは法策定の支援も含めて整合性の解釈、判例比較なども含めてAIが確実に人間のレベルを凌駕することが出来るという単純な事実の前に、役所に居るごく一部の最終解釈確認作業者となるトップ中のトップの能吏以外の”非トップたる役人”の多くは洋梨(用無し)のムース状態になるということでしょう。

アメリカでは実際の所日本以上にそれは目前。日本でも、役所が書類流し込んでそれが実際に使いやすいデータベース化される作業が進むに連れて博覧強記の才能が次第に輝きを失っていくことでしょう。

なんなんでしょうかね。優秀な頭脳の持ち主達がクダラナイ、ほとんど意味も無い非効率な仕事に自殺せなアカンくらいに徹夜の連続で仕事してセンセイ方の為にスバラシイ国会の答弁に備えるなんていうのはもう止めにせんと日本潰れると感じるのは俺だけか?

もっと他にやること有るやろうし、それが出来る優秀さも有ると思うんだけどね・・・。

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2017年7月19日水曜日

大相撲名古屋場所・力士との遭遇

ここ名古屋はいま相撲の季節。

病院の周囲でも近くに「XX部屋の稽古場が有る」とか看護師さんたちでも気づくほど、名古屋では相撲は身近な存在です。しかし、私自身は特にそういったものとの出会いは関係なくこの名古屋で三年半にわたって(以前住んでいた時期も併せたら5年以上)相撲フリーで生活してまいりました。

しかし、ついにそんな私にも相撲を感じる瞬間がやってまいりました。今日は病院の仕事で病院車に乗って移動している時でした。信号待ちで止まってふとバス停を見るとそこには何と力士がペットボトルを持って立っているではないですか!

力士さんの名前は全くわかりませんでしたが、さすがは今時の力士。スマホをチクチクといじっておりました。実は停まった直後に力士さんと目が会い、暫く数秒間お互い見つめ合ってしまいました。w
まあ、私が思わず嬉しさのあまりニコニコしていたのをきっと「またか」と言う感じで見られていただけのことでしょうが。

それにしても街角に立つ力士さん。何とも風情のある風物詩的な存在ですよね。
ここのバス停は名古屋市役所のすぐ前だったんですが、そこを通過した後の名古屋城周辺でも沢山の幟(のぼり)を見ましたので、ああ、ここらあたりが愛知県体育館なんだなと考えた次第でした。

今度は本当に観に行かねばなりません。

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2017年7月18日火曜日

感染症ラウンドに出席

今日は仕事の終了時間を一時間早めにして副院長先生から頼まれた他院で行われる感染症ラウンドに参加してまいりました。

特に医療行為に限らないと考えますが、何でも”他の所・他の人”を観察することによって己の働く環境やシステムと比較し、その長短を考察するのは大変ためになることです。
自分達では思っても見なかった切り口でシステムが運営されていたり、同じように運営されていてもその背景にある哲学は異なっていたり、その様な差異を自分達の視点の中に取り入れて北極星がどこにあるのかを常に見失わないようにすることは大切だと思います。

今回は緑市民病院の内科にお邪魔してのラウンドでしたが、この病院私は初めて伺ったのですけれども、感染症対策チームの中核となる少数のドクターと非常に勉強熱心なナースが居らっしゃって「なるほど、なるほど」と思うことしきりでした。

ただし、このようなラウンドではその時ラウンドを主催する病院にしてみれば”足りない所”を指摘してもらうのも賞賛してもらう以上に遥かに大切なことで、そこをいろいろな角度から見て指摘せねばなりません。
私の病院からは四人の人間が出席し、それぞれの役職の立場から幾つかの話をさせていただきましたが、基本的に病院の運営側は限られた予算の中で大変な智恵と工夫を重ねていることがみて取れました。まあ、この点は何処も同じですね。

しかし、出席して思ったのは改革の最大の難所・難敵は医師自身なんだな・・・と改めて思わされる逸話揃いでした。w

以て他山の石とせねば。

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2017年7月17日月曜日

ウンコまみれ

どこの家でも子供の居る母親はオシッコとウンチとの戦いを結婚後に経験します。

最初は酸っぱい臭いの緑色のウンチ、それから段々と臭いのついてくる黄色や茶色のウンチ・・・それにオシッコなんて言うのはお母さんにとってみれば排泄物のうちに入りませんわな。実際のところ私もチビ達が本当に小さかった頃は嫁さんが始終おむつを変えては走り回っていたのを覚えています。

股の間にベッタリくっついたウンチをサクッと器用に拭き取ってまるで何事もなかったかのように次の仕事をしている嫁さんを見ていると本当にこれがあの女の子だったのか?と思えてくるほどアッと言う間に母親になってしまったな〜って感じました。

最初の子が生まれてプリプリ~っと母親の前で初ウンチをした時は同時に上からもゲプっとゲボを吐いてどうして良いかわからずただただオロオロするだけだったのですが、驚くべき速度で進化しましたね。それに比べると親父たる私のウンコ対応力の無さと言ったら・・・全く進歩のシの字もありませんでした。orz

さて今回の日本帰国では猫と犬が帰ってきたことをここに書きましたが、猫はお利口ですのでウンチを散らす心配はゼロということは最初から解っていました。しかし問題は犬。どこもかしこも安全地帯などありません。バリケードの向こう側はバリケード自体も含めて小便と糞のバラ撒かれる無法地帯となってしまいます。(オシッコとウンチ等という生易しい表現は誤解を招くので!)

いくら言っても解る輩ではありませんので、その度に深い溜め息をつきながらクリーンナップとなります。極まれに当たりエリアにウンチを落としてくれたときなどは”ミラキュラス!”と言いたくなるほど。

なんとかしてくれんかねこのバカタレが(# ゚Д゚)!(嫁さんは手のかかるそんなバカタレが可愛いのだそうですが。)

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2017年7月16日日曜日

お爺ちゃん銀行

世の中には「お爺ちゃん銀行」なるものが有るようです。

少なくとも私の嫁さんの実家ではその言葉は単語として普通に認識されておりますが、その由来はいつでも何か困ったことが有るとどこからともなく現れてサッと金銭を支払ってくれるお爺ちゃんが居た事から始まったようです。

私の親戚はそんな者ものを一切期待できるような爺さん婆さんはおらず、常に私の親の方からパチンコ代の為の小遣いを時々渡していたレベルですので全くの真逆ですね。w(私が未だ大学生の頃に亡くなった親父の側の婆様に至ってはまともに教育も受けていないような明治のド田舎の人間で、カタカナを読み書きするくらいが精一杯で、教養などというものにはまるっきり無縁の”趣味はパチンコ!”の人でした。母方の祖父母はその反対だったようですが。)

さて、今回の長崎帰りで子供達を含めて彼らの祖父母がお小遣い、お祝いを含めて諸々に使ってくれたお金の総額を今日夜の便で息子とともに長崎から帰ってきた嫁さんと類推したのですが、お祝い関係だけで30万、飛行機のチケット代で十数万、その他もろもろのお祝い会の開催、食事代などで確実に20万程度はいっているようで、一体全体今回の”私以外”の久々の帰国後訪問に幾ら使ったのかと背筋が寒くなるようなレベルの出費をしてくれたようで本当に頭が上がりません。

実は、こういった親から子へ、爺さんから子や孫へという出費は嫁さんの実家では何と言うか”一族の風習”の様になっているところがあるのは結婚当初から気づいていたのですが、何ともこの風習に関しては私は口出しも手出しも出来ない世界でした。しかし、私自身もそういった行為を何十回と見るうちに”子孫のために美田は残さず”としながらも、生きているうちに使える金はきれいに使っていくという(無論、セーブしておかなければならない金はセーブ!)方法論にかなり影響を受けてきました。

私自身は身を飾ろうとか贅沢をしようという感覚は全く無いので金は使うところがないのですが、今の子育ての最終フェーズではなかなか経済的に余裕を持てるわけでもなく、なかなか義父のように振る舞うこともかなわない状況で、本当にそういった行為ができるようなるのかは甚だ心もとないのですが、頑張らねばと思う今日このごろです。w

私は使った分だけ自分の人生の戻ってくるという考えを結構信奉しておりますので・・・。(奢られるより奢る人になりたいものです。)

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2017年7月15日土曜日

魚を食べに知多半島へ

今日は仕事を終えて昼過ぎから知多半島の魚太郎へと向かいました。

娘が日本にいる間に日本の美味しい魚料理をもっと食べさせてあげたいという想いがありますので、この行動は必須のものの一つと思っていました。

この魚太郎という所はまあ、展示即売をする横でセリを終えた市場から直接魚介類を運び込んで浜の脇で焼き魚のバーベキューが出来るようになっておりますし、マグロの解体ショーを見せてくれて、そのまま解体した身を刺し身として捌いて売ったりしてもいます。

今回はそういった魚介類を売りつつ、それを使ってその横で直接作られている多種多様な海鮮丼を食べました。大アサリや帆立は勿論のこと、その後でアイスクリームも食べて腹いっぱい。娘も満足してくれたようです。
腹が満タンになった後はゆっくりと市場の中をまわって刺し身やその他のものを渉猟しました。結局ハマチとマグロの中トロを買いましたね。(私も食べたかったので、「これが美味いよ!」と娘を誘導した感じ?w)

時間は4時を過ぎていたので工場が閉まるんじゃないかと少し心配していたのですが、帰りしなはいつものようにえびせんべいの里に寄ってお中元で送る為の巨大えびせんを買い込んで知多半島を後に。

帰りの車の中では娘はすっかり疲れてしまったようで、家に到着するまで本当にぐっすりとよく眠っておりました。
今度は長崎から帰ってきた嫁さん達も一緒に連れていきたいものです。

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2017年7月14日金曜日

しばしのサヨナラ

今朝は結局娘達の顔を直接見ること無く仕事に出ました。

朝起きた時に扉越しに「じゃあまた会おう!」と言って寝ぼけ声の長女と短い会話を交わしたのみ。
私の暫しの別れの挨拶はいつもこんな感じで手短かつ素っ気ないものです。やたらとベタベタするのは主義に合わないというか、何となく照れくさいというか。日本の男ってこんなもんじゃないでしょうか。

これとは反対なのが嫁さんで、何故か長女も母ちゃんと別れる時は何時も涙、涙。w
次女は全くその反対で、私と同じような感じの”淡々と”式のお別れです。まあ、これもこれから人として成長していく過程で大人としての”情”というものに触れる機会が多くなってくると多分彼女の内面もこのような”別れ”に対して敏感になることも多くなるんじゃないかとは思うんですけどね。

何れにしても私が仕事に出たあと、寝過ごしたりすることなくバスに乗って移動し東京のホテルにまで到達したのは時々刻々とラインで入ってきておりましたので、家族全員がその動きをお互いにリアルタイムで共有出来ていました。何とも便利な時代になったもんです。

東京のホテルに付いた後は多分疲れてそのまま大したこともせず寝てしまったんだと思いますが、とりあえずは彼らの滞在もこれで終了。なんとも長い三週間の日本滞在記を彼らの心のなかに綴ってくれたはずです。

東京と名古屋と長崎。今後も色々とバリエーションを着けながら日本に帰国する度にいろいろな所をまわっていくことでしょう。

娘の彼氏は日本でITの仕事を探す可能性もあるなんて言うことを言っておりましたが・・・?

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2017年7月13日木曜日

みんなで寿司をペロリ

今日は結局皆でお寿司を食べに行きました。

皆と言ってもウイルス性腸炎でダウンしている長男とそれを介護している嫁さんは残念ながらまだまだ長崎で格闘中です。しかし、息子も次第に食欲は戻ってきているようでそれが唯一の救いですが・・・。状況はともあれ、取り敢えずこの貴重な時間を長崎の両親と過ごしてもらえればと考える私です。

さて、我々が行ったのは先日人数が多い上に予約をしていなかったために食べることのできなかった藤が丘の山葵(WASABI)でした。ここは藤が丘名物の”モヒカンの大将”が取り仕切っておりまして、手頃な価格で美味しい寿司と刺身を食べさせてくます。予約を6時半に設定し、四人でカウンターで次々に注文していきました。

子供達を連れてくると寿司と刺し身といろいろな酒のアテに「美味い美味い」を連発しながら競うように食べてくれましたので、連れて行った私もその甲斐があったというものです。

長崎でも山海の珍味を食べてきたと思われますが、名古屋にも美味いものが有るということをシッカリと彼らの舌の上に記憶させておかなければなりません。(少々出費は痛いのですが、ここは義父に倣ってこの手のことにはシッカリと金を使わせてもらいます。)

二時間以上かけてたらふく食べて楽しい会話を楽しんでもらった後は別腹ということで他に何か食べるかと言ったのですが・・・そこは日本人と違って二次会、三次会と廻る慣習は無し。近くにあるタピオカドリンクのお店でそれぞれの好みのものを手に取らせて道すがらそれらを飲みながらのゆっくり帰宅でした。

彼らの滞在も実質あと一日。夜中はゴソゴソと荷物をまとめながらいろいろしていたようですが、12時頃にはすっかり静かになって眠ってしまっていたみたいです。

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2017年7月12日水曜日

長崎でえらい目に遭った子供達

実は長崎の実家に帰った家族がsufferしておりました。

何にやられたかというと強い熱発を伴う下痢と嘔吐。多分名古屋で食べて罹ったのか長崎で罹ったのか、わかりませんがタイムテーブル的には名古屋が濃厚なんですが、何れにしても私が当直で不在の時に食べた何かが当たったのだろうと思います。一番”らしい”のはひつまぶしではないかと思えるのですが・・・。俺が不在の時にそんな贅沢なものを食べるから!ということか?

長崎での医師の診断はウイルス性の腸炎だということで、血液検査やエコーまでしてもらったらしいのですが長女と長男が熱発とひどい下痢に苦しんだようです。長女が先ず発症、熱が出て下痢に苦しんで今はもう熱は治まっていますが下痢は収まらず。また、長男も同じような調子ですが息子の場合は熱も下痢もより酷いようで、吐く回数も下痢も酷く熱も40度近くまで何度も上下しているようです。

送ってきた長男の様子を写した写真でもすっかり元気が無くなっている様子がありありと判り、見ている親父としては可能であれば飛んでいって輸液をしてあげたいくらい。仕事があるのでちょっと出来ませんがやっぱりきつそうにしている息子を見ると親としてはしのびない・・・。

折角実家に帰っての二泊三日なのにこれでは何のために帰ったのかわかりませんな・・・。

一刻も早く二人が治ることを祈る名古屋の親父でした。

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